History of bottega acca

HOME > History

RIMG0031.JPG
RIMG0036.JPGRIMG0039.JPG

クリックすると拡大します。

銀板、12cm×16cm

2011- インチジオーネ、デューラーの天使


 留学した1年間、私は石留め(インカッサトゥーラ)と洋彫り(インチジオーネ)を
集中して勉強してきました。このうちインチジオーネの授業があったのは2011年の1月から6月末までの半年間。最後に、学生は学校へ作品を1点残していくのが決まりで、
私が置いて来たのがこの1枚でした。元の絵はアルブレヒト・デューラーのエッチング(銅版画)、銀の板に彫ったものです。 

 これまで私は、石留めと彫りについてはどこかで教えてもらったことはなく、いわば、なんとなくそれらしくやっていた、というのが正直なところでした。日本で石留めと彫りをするときには和彫りタガネを、ヨーロッパやアメリカでは洋彫りタガネを使います。
洋彫りに先行して始まっていた石留めの方で洋彫り用のタガネについてはそれなりに慣れてきてはいましたが、石留め用と彫り用では少し形が違い、従って扱い方も違います。
見た目には少しの違いですが、見るとやるとでは大変な違いでした。
 割と順調に進んだ石留めとは違って、彫りについてはまるで手が出ませんでした。私の先生は、フィレンツェの美術館にも作品が収蔵された腕。目の前で先生はするすると彫っていきます。それを見て、やり方も何も分かっていても、できない。何の勘も働かない。右手に持ったタガネの刃先は左手の方を向いているから刺さりそうで恐い。かといって
力を入れないと彫れない。力を入れすぎると刃先が板に食い込んで進まなくなるし、下手に力を抜くと刃が滑って左手の方へ走る。刃が走ると直線になってしまうので、曲線を彫っている最中にやれば一瞬で致命的です。
 力加減が掴めないとなると、恐くて全身の不必要なところに力が入ります。指先は
金属の刃をやたらに力んで押さえるので麻痺してくるし、関節は固まって作業を止めてもタガネを放せない。気づくと腕は痙攣しているし、力を入れすぎた肩から頭へ響いて
頭痛がする。最初の3ヶ月は右肩中心に散々な状態でした。もちろん今ではそんなことは
ありませんが、当時はあまりに出来なさすぎて、これはもう、私ではモノにならないと
諦めかけたことも何度か。最後はただの意地です。これまで、たいていの作業にはコツというものがあって、それを掴むとトントンと上手くいくようになったりしましたが、こと彫りについては、最後までコツは分かりませんでした。
 おそらくですが、手彫りでやる限り、私は先生のレベルには到達しないのではないかと思っています。それは先生の手が、指の太さも手の平の暑さも私の1.5倍はあるからで、その手の力があればこそ、あの柔らかい線が彫れるというところがあるからです。
 とはいえ、いくつか気づくことがあって、最終的にはかたちにすることができました。

 7月、学校が終わる直前のこと、授業が終わった後に先生に話しかけられました。
 ヒサシは(イタリア語にはHの音がないので、正確にはイザッシと呼ばれた)これからどうするのか、日本に帰るのか?と訊くので、帰ります、こっちでは仕事もできそうに
ないし、と答えると、ヒサシは本当に上手になった、日本に帰ってしまうのは本当に残念だよ。仕事を紹介できるならいいんだけれど、難しい状況だからね、と。
まぁ、イタリア人は褒めるのが国民性なので、そのまま本当かどうかはともかくとして。
 これ以前にも文字彫りや模様彫りをやった板も、先生が生徒作品の参考に欲しいと
言われていくつか持って行かれていたので、たぶんけっこう本当だったんじゃないかと思っています。
 何より、指先を痺れさせないと彫れなかったときには、こう言ってもらえるところまで来られるとは思っていなかったので、この一言は本当に嬉しかったです。

 もっとも、最後にフェスタ(パーティ)に呼ばれて行った先生の家で見た、びっしりときれいな模様彫りの入った高さ50cmほどの花瓶を見た時には、自分がまだまだ以前の
レベルだと思い知りましたが。

-2010- ジャスミンのスイートと、ハートのセットリング


 同一のデザインと素材で作られた一揃いのジュエリーに、パリュール(Parure)、
スイート(Suite)、セット(Set) があります。パリュールは、ティアラ・
イヤリング・ネックレス・ブレスレット・ブローチの5点が揃っているものを
指し、これが揃っていない場合はスイートと呼びます。
これが2点だとセットといわれます。
 このスイートは、妹の結婚式のために制作したものです。ジャスミンは妹の好きな
花であり、式当日のブーケの花でもありました。ピアスはキャッチのパーツ感を
避けるために、キャッチにも花を付けて一体感を出しています。ネックレスは
首の後ろからレースのリボンを流し、大きく開いた背中を飾る花を付けました。

 ハートのセットリングは、これもやはり妹夫婦のためのものです。
エンゲージリングとマリッジリング2本の計3本をセットとしてデザイン
しました。エンゲージと新婦のマリッジリングを重ねて付けた時、
またマリッジ2本を重ねた時、それぞれハートの形が浮かび上がるように
なっています。
ただし1本ずつ見た時にはそれと分からないように。

 せっかくこの仕事をしているのだから、君らのリングはおれが作る!と大見栄を
切った手前、途中で投げ出すわけにもいかず、延々悩んだ末に描いたデザイン。
それなのに制作に移ってからデザインを変更して、また延々悩んでサンプルを作り…。
何度ギブアップしてどこかで買ってくれと言おうと思ったことか。
 結局、結納の直前に完成しました。

 せっかくこの仕事をしているのだから、式で着けるものもおれが作る!と言ったのは、
このリングが好評で調子に乗り、制作時の苦労をけろっと忘れたからでした。実際、
作ってあげたい気持ちもあり、ティアラを作る機会などそうそうない、とも思っても
いたからです。ところが始めてみると、ティアラというアイテムを作るのも、この
大きさのものを作るのも初めてのことで、とにかく試行錯誤の連続でした。
 構想から完成まで、およそ半年。
 やはり、ギブアップして式場で借りてくれと言おうと何度も思いました。
 当時、勤め人であったとはいえ、これだけかかるのは卒業制作以来でした。完成は
もちろん挙式直前です。

 とりあえず、デザイン、完成度、どの点でも現在できる最高のものができたかと
思います。たぶん初めて、満足しています。


IMG_0004コレクション.jpgジャスミンのスイート
2102.JPG2103.JPG2104.JPG
2003.JPG2004.JPG2002.JPG

クリックすると拡大します。

ティアラ:SV925-Pt finish(一部Gold Finish)・CZ・Dia・パール・リボン

ネックレス:SV925-Pt finish・CZ・パール・レース

ピアス:SV925-Pt finish・CZ・パール・シリコンキャッチ

エンゲージリング:Pt900・主石Dia 0.52ct・脇石Dia 0.15ct

マリッジリング:Pt900・内石にスペサルティンガーネット・ロイヤルブルームーンストーン




1001.JPG1004.JPG1002.JPG
1006.JPG冬のネックレス

クリックすると拡大します。

春のブレスレット:SV925・革・
ヤマアラシの針・木

夏のイヤリング:SV925・ガラス・ブルーカルセドニー

秋のリング:SV925・革

冬のネックレス:SV925/ルテニウムフィニッシュ・兎革・淡水パール・CZ


-2006- 卒業制作


日本宝飾クラフト学院の卒業制作です。

 当時、それまでに身につけてきたものを出し切った作品でした。
それはデザイン、構造、素材の扱いであり、興味のあった素材や技術についての、
ある種の挑戦でした。宝飾の専門学校の卒業制作というのは、学生が初めて完全に
オリジナルの作品を、時間と手間をかけ、コストや納期(提出期限)を考えてやる
ものです。
 つまり、卒業後の就職先でやることを、初めて経験する場です。私にとっても
それは同じことで、それまでにない労力を注ぎ込んで作ったものでした。
 この作品は卒業制作展の最優秀賞を取りました。
 受賞はもちろん嬉しかったのですが、私が宝飾の道へ進むことを不安に思って
いた(今でも思っているかもしれませんが)母の安心材料になったことが
嬉しかったのを覚えています。

 面白いもので、当時はこれ以上の作品は向こう何年も作れないだろうな、
などと本気で思っていましたが、翌年にはもう、この作品を恥ずかしい思いで
見ていました。ジュエリーメーカーに就職し、「商品」ひいては「作品」という
ものが分かってくると、わずか1年で当時の技術的な稚拙さが恥ずかしくなった、
ということです。

 この時のような「恥ずかしさ」ではありませんが、今でも、コレクションが
一つ終わる度に、もっと良い形があったのではないか、もっとデザイン的に詰め
られたのではないか、思い返さないことはありません。そういう反省をするように
なった最初の作品が、この卒業制作です。いわば、自戒の作品です。


-2004- 初めてのデザインフェスタで制作したピアス


 僕がこの世界に入るきっかけの一つになった作品です。

 最初、僕のブースの前をちらちら見ながら行ったり来たりして迷っていた方が
いました。とうとう見に来てこのピアスを選んで、欲しいけど手持ちがない、ATMは
ないか、と聞かれました。あいにく会場内にATMはなく、外にある場所をお教えした
ところ、そこへ行かれたようでした。
 デザインフェスタは、今ほどではないにしても当時から会場が大変広く、一度
見失ったブースはもう見つからなかったりします。正直、あまり期待しては
いなかったのですが、しばらくして一万円を持って戻って来られたんですね。
 それだけでも嬉しかったのですが、その方、ピアスを空けていなかったんです。
「このピアスを着けたいから、空けます」。
 嬉しくて、わくわくよりは、ぞくぞくしました。当日、手伝いを頼んだ妹と二人で
大喜びでした。作り手冥利、とはこのことです。

 当時はまだ、ホームページはもとより、名刺も作っていなかったので連絡先も
分かりませんが、もし彼女にまた会えたら、心からお礼が言いたいです。よもや
ご覧になっておられたら、ぜひご連絡下さい。

0212.JPG

ピアス:SV925・ハウライト・レッドタイガーアイ・天眼石 他